語ラーゼ

愛知の20代男がなんか語っとる・・・

ビジネス劇画”鯨魂”を味見

どうも、梅雨でじんわり。私です。
この記事に挙げてる一冊を取り上げる。

 

fuseki01.hatenablog.com

 
読みました。劇画。
なかなかハードでした。
この”鯨魂”は・・・。
ハードすぎてサムネが圧い。

 

この表紙絵の主人公。そう、剛腕実業家主人公なのだ。

見た目どおり傲慢で面の皮が厚く、体格は大きく計算高い頭脳を持ち合わせている。

まさに劇中の職業どおり、ワンマン社長だ!と言わんばかりの見た目。

語尾がだいたい「〜だから!」「〜なんだから!」

笑い方は「クケッ、クケッ、クケッ」と人間というより妖怪のような不気味さ。
不気味な場面はほかにもたくさんある。解けた知恵の輪を買い占め、その墓を作り埋める等。

ただ、不思議なことに中盤辺りから終盤にかけてこの主人公"銭貫 一二三"に対して愛しさと似たような感情が生まれる。

企業のトップとして弱みを見せられない辛さや守り抜かなければならない弱み、
そしてそれが白日の下に晒されたときのショック。
ごくごく限られた場所のごくごく限られた人間にしか見せられない姿。
それでも立ち上がり、目の前に現れる競合企業に力強い姿を見せつける。
実業家としての強さ弱さ、優しさと悲しさ。
終盤にさしかかる作者自身のナレーションも加わり、

いっそう主人公"銭貫 一二三"はストーリーを盛り立てていく。

 コマ割りや言い回し等、構成も素晴らしく
非常にテンポが良く仕上がっている絶品漫画だ。
ヘヴィな企業バトルが見たいビジネスマンにはうってつけだろう。

・・・

イマドキこんな社長見られないけど、たぶん知らないだけでいるんだろうなぁ。
はいおわり

インスピレーションだけで買った本を味見しています

どうも、この僕です。

 

本屋やら図書館やらアマゾンやら人の知恵やら
いろんなものを取り入れたうえで
インスピレーション働かして、買った本たちを並べやす。
全て未読&読書中。

・THE COMIQ

 かの有名な漫画"遊☆戯☆王"を描いた高橋先生の作品。
iPadで描かれた作品らしい。読んでいこう。

THE COMIQ (ジャンプコミックス)

THE COMIQ (ジャンプコミックス)

 

 

うつ病9段
ニュースなどでうつが問題提起されてることがしばしばあるので、
それがプロの世界、しかも将棋だとどう発症するのか気になった。
私の棋力は将棋は駒の動かし方がわかるくらい・・・

 

 

・ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。
タイトル一本釣り。
昔のネット黎明期時代に
「ヤクザだけどクッキー焼いたよ( ´∀`)」みたいな言葉が、
あったのを思い出す。買い。

 

ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。 極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記

ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。 極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記

 

 

・鯨魂
こちらはKindleUnlimitedから。
表紙がい~い顔してる。絶対悪いひとだこれ。偏見!
しかし絵が好みだったので、即ダウンロゥド。
ビジネス漫画なのかな。

 

鯨魂1

鯨魂1

 

 

さてさてジャンルもごちゃごちゃ。
買えばニタニタ。財布はカラカラ。
なにから読んでいこうか。
はいおわり。

ヘッドスパることは回復効果があるッッつ

頭も…凝るのです。

肩のみでなく、頭も。
美容についての話題をたまにはね。

 

先週、美容院の散髪がてらヘッドスパに臨んだ。*1

 
いつもカットとシャンプーだけだが、やってみたくなった。
美容院でシャンプーしてもらうのが大好きであるから、
もしやヘッドスパはそれ以上に素晴らしい体験ができるのでは。
そんな算段から、初ヘッドスパをした。

ヘッドスパとは、日本の造語。頭皮の洗浄、マッサージなどを施し、髪そのものと頭皮を活性化させる行為。

 Wikipedia先生もこのように申しているし、悪いことはない!と腹を決めた。
結果は。

 

最高(Best)

 

おもわずこんな文字になったくらいに、虜。

最高と言わざるを得ない効能について書いていく。
これにより、ヘッドスパ人口をさらに増やしていきたい次第。

 

 1.寝つきと寝起きが最高になっちゃう

なんにせよまず感じた効能がこれだ。
いつもいけないなぁと思いながら、明日も労働だというのに
スマホ片手に床についてしまうがヘッドスパ以後ではスマホ持っていたとて関係なし。
いつのまにやらグッドナイト。寝落ちである。
そしてやたら寝起きがスッキリ。これが嬉しい。
もう五分寝かせて・・・など妄言。我は起床せり!と顔を洗いに行ける。
起きた瞬間のあの気だるい感情を払拭できる身軽さが手に入るのだ。

これは寝坊助たる私には驚愕であった。

 

2.思考が冴える

頭脳労働が多い現代。
頭の中で考えなきゃならないことがぐちゃぐちゃになってしまう方も多いことでしょう。かくいう私もだ。
日ごろから前頭部がキュッと痛く、それでいて後頭部は重苦しい。
家電のコードが絡まるような感じが脳内で起こっている。
これが指向性外的圧力(ヘッドスパ)により、柔らかくほどける。
されている最中から、脳内がフワッと”ラク”になる感覚。
そして終わった後からサッパリ感と同時に湧き上がるルンルン感。
頭がほぐされることで、柔らかくなる。
現実におこる問題は何一つ解決されているわけではないが、
そこに立ち向かおうと思える心的スタミナが回復しているのが、体感覚でわかる
この心的スタミナは睡眠と同じく、時間を掛ければ良くなるものではない。
身体の与える喜びから獲得できるものだ。例えば、うまいもの食べたときとか。

 

以上2点、ヘッドスパの回復効果について書いた。
嘘だと思うなら経験してみよう。

イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは言いました。

By far the best proof is experience.
‐最上の証明は経験である‐

 

↓昔、バイト先の忘年会でもらって今でも活躍中

 はいおわり

謎メダルゲーム太郎を味見

f:id:bigant1200s:20190221005535j:image

 

どっちがどの太郎でもさして興味が湧かない。

しかしメダルは吸われてゆく。
金太郎を選べば、桃太郎。
桃太郎を選べば、いわずもがな。

二者択一の極み。

「どっち?太郎」

 

果たしてどのようにして、このゲームは作られたのか。妄想することしか出来ない。

数ある太郎の2トップだということの証左なのだろうか。それはまだわからない。

はいおわり

 

ニシキゴイ句会とキャプションを味見

ニシキゴイには句会機能がある!

 と思い、ちょうどその時が「大寒」にさしかかっていた。

これは好機とのことで
大寒」で句会を開いてみた。

もちろんこの句も添えて。


最近、雑貨屋でメテオライトを見かけたのでこれを作句。*1

俳句SNSニシキゴイ」では
投句者の想いというキャプションも付けられる。
f:id:bigant1200s:20190210014231j:image

 

このキャプションは大事。
なにせ俳句は句について語りすぎると、詠み手の解釈から外れたり、
自身の感性からも離れて伝わってしまう。
そのため、「ニシキゴイ」においては
キャプションに書くことは

「出るとこ出して締めるとこは締める」

これが肝要かなぁと感じる。
ほかのSNSとはまるで違う部分。
Instagramとの違い。
楽しい、キレイの主役が句であるから、
読み手のセンスも問える。
いわば、読み手は野球の捕手だ。
そのキャッチ技術にこちらはズバッとハメるよう心がけたい。

そのためにも、うまく”掴める”句作とキャプションを。
陳腐化せずに作るには、もっと語彙を増やしていく。
動詞と助詞がとくに欲しい!
ここらは、小説の地の文とか脚本のト書きを読むと強化できるやも。
エッセイなどは着眼点、発想力の強化に使えるだろう。
そこまできたら、散歩によって観察していこう。

うむ、メモ魔のメモ帳にまたメモが増えそうだ。

はいおわり

 

~付録~

 

トンカツ定食食べたい。

*1:2019年2月10日:をかしの数9!ありがたい

ぼくだって・インスタ映えが・したいのに2

続編です。

以下の記事を読むと2度おいしいはずです。
はず。

fuseki01.hatenablog.com

 

・本編

料理が来たら写真を撮る。
そのことを忘れる習慣から、約二か月を経ていくばくかの成長が見られた。
そう、写真”は”撮るようになったのだ。
しかし、投稿することを忘れてしまう。
いや、正確にいうならば面倒くさがって”忘れた”ことにしている。
というべきか。
いかんせん、食後の満足感や談笑により優先順位は落ちる。
後日カメラロールから画像を見かけてまぁ挙げなくてもいいかと思い、
結局はクラウドiCloudの肥やしとなる。

これのリピートである。
しかしてこのリピートにはときたまノイズが挟まる。
1、2か月前だとかの料理画像を挙げてしまうのだ。
無論、これは防犯意識などセキュリティとしてのものではない。
ただ無意識。
挙げなきゃと思いつつ挙げていない現状を打破するオートメーションme。
習慣にしては規則性がない。
一方でスマホをいじる習慣から枝分かれし、
このオートメーションは作動する仕組みであることを、
私は看破したのだ。


自身を看破する特異な経験を味わった私は、
自身がいかにものを考えない、
体感で生きているその場その場ニンゲンだということを
嫌悪し、その対価として幾ばくかの”いいね”を得た。
この”いいね”が私をプラスにするわけではない。
こんなものよりもウロウロしてるときになぜかもらった
いつかの大根やらあったかいコーヒーの方が遥かに喜びなのだ。

いくら映えるものを撮ったとて、そのいいねは数字で測れるもの。
けだし、定量的なものであるがゆえ単純。しかして複雑性皆無。
純化されたものに面白みはない。しかしラクチン。

 

でもまぁ、うれしいね。
なにかしら感情のフックに引っかかったわけだし。
と、いうことでそれを裏切りたく思い、
料理に対して接近して撮ることで、がっかり感を演出している。
その結果、フォロワーの方からいただくいいねの数を半分にすることに成功。
求められていないことをするとしっかりと反映される世の中に、乾杯。