カタラーゼ

愛知の20代男がなんか語っとる・・・

実は説明書を読む党に所属しているんだ

平素から大変お世話になっております。

僕です。

  

世の中に溢れている説明書。

家電やスマホが1番身近な説明書でしょう。

あらゆるものには説明書・マニュアルというものが付いてくる。それはそーだ。買っ家電は方が分からなければ買った意味なしのトウモロコシであるッ。

 

しかし、説明書を読んでいるという人をあまり見たことがない。紙しかり電子説明書しかり。確かに貰ったところであんな文字の羅列は見る気がしない。実際に電源ボタンを押せばオンオフが出来るだろうなくらいの予測が立つように、家電は設計されている。ボタンに文字を入れ込むだけでその予測が立つ。

なんでヒーターが室内を暖かくしてくれるか、空気清浄機がどうやって空気をキレイにしているか、洗濯機がどうやって洗濯しているか、車は何故ガソリンや軽油で動くもの、電気で動くのか。説明してくれと言われたら、恐らくヒーターは灯油を燃やして暖気を送るくらいの漠然とした答えが帰ってくるくらいだろう。

ブラックボックスというやつだッ。

ちなみに僕はしっかりと読み込んでしまうタチだ。おそらく開発者だけが知っていたテクニックが載ってるんじゃないか…なんかヨサゲじゃんなんかイイじゃん…?という目論見だったが、んなことはなかった悲しみ。

 

なぜ「そうなるか」は書いてないが「使い方」は書いてあるのが説明書なのだ。

 

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そして今やネットが発達し、検索iPhone再起動やスクリーンショットの撮り方のように説明書の機能はもはやインターネットが持っている。

調べものするならインターネットは、現代人の定番だ。

更には、「これの使い方はこうだ」というのがもはや身に付いているパターンもある。

エアコンを新調したとて、平然とスイッチを入れて機能を享受することができる。

 

なんとなくその説明書を無視した行為に「無意識の習慣」を感じた。

というよりむしろ、本屋で売っているタブレットの使い方、iPhoneの使い方みたいタイトルの厚みのある書籍が売っていることに驚く。

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あくまで上の本は例で、似たものはたくさん並んでます。

新機種が出るたび発刊されて 見かけるたびに、えっ…説明書貰ったでしょ…? てなる。

 

どうやらスマホタブレットはまだ、「無意識の習慣」は根付いていないようだ。

あと10年もしない内に新機種が出ても、スマホの機能はスイッチオンがエアコンのスイッチオンのように、ほとんどの人が「無意識の習慣」になるんだろう。

 

人間の行動は無意識が8割と聞いたことがある。意外に人は頭を使っている知能動物というのは的外れなのかもしれない。 

 

虫には知能が無いと提言された時代があった。(プログラム化した行動のみを繰り返すのみ)

近年では、ミツバチの中脳や神経の成り立ちを研究しているカリフォルニア大学のアンドリュー・B・バロン氏とコリン・クライン氏の研究により「人間程ではないが似たような感覚で世界を感じている」とコメントを残している。

やはりピラミッドではたく生き物はフラットな立ち位置でいるのかしら。各々の無意識によって。

 

もしかしたら過去の習慣に基づき、日々知らず知らずの意思決定を続けているとするならば、人間の意思というのはものすごくアヤフヤで少年漫画の熱血ゼリフやドラマでよくある決意のセリフはリアルに置き換えてみればそこまで強い力を持たないのかもしれないし、実際に自分にそういう性格がある。

「夏休みは7月中に宿題終わらします!」みたいな……

 

そんなときに

いつもと違った道で散歩をするだとか、

靴下を右でなく左から履いてみる、いつもコーヒーだが紅茶を飲んでみるのように

少々な変化を加えてみると日々の中から自らの意思に拠った「なんかイイ」が見つかるかもしれない。

 

ツラツラと考えてみたら、

その「なんかイイ」を説明書に自分が求めていたとするなら次に説明書さんと会ったら読まずにビリビリに破いて花咲か爺さんのマネをした後に可燃ゴミとして処理しようと思う。

 

 

でも結局困ったらネットに頼っちゃうよなぁ…

はい終わり。