語ラーゼ

愛知の20代男がなんか語っとる・・・

プレバト×俳句×見よう

12月21日19時からCBC放送のプレバト才能ランキング俳句部門を視聴して。

 

 

 

 

お題は「年末のアメ横

アメ横は中学時代の修学旅行で行ったきり。

作る場合僕の場合、場所も遠いのでその時の記憶メインでつくるやも。

 

 

凡人4位  A.B.C-Z 塚田さん

「タラバガニ 持たされ人の 波愚痴る」

 

先生ポイント

・タラバガニという具体的な言葉

・持たされという言葉で持たせた人、持つ人の関係性が出る。

・人の波で周りが大勢なのが分かる。

・良くないとこは愚痴るの部分。

持たされ、でイヤイヤ感は出てるので俳句の文字数をしっかり節約してかつ映像を明確にするため以下のようにする。

 

「タラバガニ  持たされ人の  波を行く」

 

僕の感想↓

俳句において、音数の無駄遣いはもったいない。強調したいときに映像でなく、今回みたいに感情を繰り返すのは稀に見るスタイルだけどもね。

タラバガニを持ち帰るのは、氷の重さとカニの重さが相まって大変。商品立ち並ぶアメ横ならその発泡スチロールの箱の上に更にモノを乗せられそうで、持たされ感に当てるモノとしては最高に良い素材だ。音声的にも濁音は重く感じるのでことさらグッド!

 

凡人3位  元宝塚トップスター 貴城けいさん

「年の瀬の  香香手じめ しゃがれ声」

 

手じめの意味をここに書く

先生コメント→パンダの香香を使うと寿命ができてしまう。でも時勢の俳句としてその時の言葉を使うのはアリ。

 

「年の瀬の 手じめ香香  しゃがれ声」

 

前半を映像にして後半を音にして、シャンシャンとしゃがれ声の「しゃ」の音が気持ちよく響く。語順は大切。

 

僕の感想↓

番組内で圓楽さんの言っていた通り、いきなりパンダのシャンシャンは無理があるよな〜。手じめの音と同じにしただけだから効果が薄い。

僕の場合、年末とパンダ合わせた俳句ができたら1度読んでみて、違和感を感じたら年末の俳句とパンダの俳句で分けて作ることにしている。パンダには別の季語を当てる。

例えば…冬の季語で「冬の暮れ」とかを使って動物園に来たけど彼女にドタキャンされた男の俳句を作るかな、と。パンダの子育ては確か1年半(でしたっけ?)と長いので、その対比で愛情破れる感じにできたらな…そんな腕はまだない。

 

凡人2位 オアシズ光浦靖子さん

「数の子を 砕く娘は 四十六」

子孫繁栄を意味する数の子をボリボリと食う娘(46)に子孫が望めないことを悟った親目線を読んだ俳句。

 

先生ポイント

・とても発想が面白い。

・滑稽味があるのも俳句の面白いところ。

・問題は砕く。昔は乾燥数の子があってそれを砕く様子が連想してしまう。噛み砕くにしましょう。

・語順を変えた方が良い

 

「娘は四十六 数の子を噛み砕く」

 

最後に複合動詞の噛み砕くを入れて、口元のアップで終わらすことで先がなくなっている様子がわかる。

 

僕の感想↓

めちゃくちゃ上手くて面白い俳句。

自分なら「数の子を ぼりぼり食べる 四十六」とかにして、擬音に頼りたくなっちゃう。複合動詞は意味が重なることが多いからそれを恐れて頼っちゃう。ただ噛み砕くなら、噛むと砕くは別の意味で独立してる。噛み砕くじゃないと、伝わらないからアリですね。ただ男女共用の俳句になるので、息子でも意味伝わりそうな気が…しませんか?しないか。

よくよく考えると、おもしろさと共に悲しみのある俳句だなぁ…。子孫が出来るのは親として喜ばしいイベント。親がご近所さんのそういう話を聞くたびに、数の子をボリボリ食う娘(46)が浮かんで呆れてしまう映像まで浮かんでくる。これがペーソスのある笑いというやつか。

 

最下位 かまいたち山内さん

「行く年に 別れを告げに アメ横へ」

アメ横に行く=年末の恒例行事と言いたかったようです。

 

先生ポイント

・「行く年や」と切れ字にすることで中7のことも言えちゃう。

・助詞の「に」で繋げてしまったのがいけない。

・「アメ横へ」てところでアメ横行くのがわかるのでそこは良い。

 

「行く年や  何買うでなく アメ横へ」

先生にシンプルな添削をされてました。

 

僕の感想↓

行く年に別れを告げに行く、というのはバイバイと言って帰路に着く友人をわざわざ追いかけてるようなもの。しかもバイバイと言いたいがために。謎の俳句になってしまっている。

添削後の「何買うでなく」が、主人公の表情や行く年の過ごし方が見えてくる。一気に良い俳句になっているさすが先生だな。特に今年は変わらなかったなぁ…ていう背景が見えて良いなぁ。

僕なら

「行く年や いつもの買いに アメ横へ」

にしてみたくなる。「いつもの」で何を買うかをぼやかして想像を促せたらいいなぁと。

そして、年が過ぎるのに買うものは「いつもの」というのが比較的非日常であるはずの年末年始がその人にとっては日常になるので、ほかの人が詠んだ時にその人の性格や習慣が明確になる…はず。場合によっては自己が確立している風にも見えるかな!

句会のときにやると、そのあとの会話が弾む俳句になる。「いつもの」って何買うの〜?タバコだよタバコ。みたいな。

 

才能アリ1位  泉谷しげるさん

「暮れる年 あいさつかねて 買い出しに」

なんとはなしに買いに行って良いお年を!という挨拶を表した俳句。

 

先生ポイント

・作者の思いと動作がコンパクトで明確

・語順が少し惜しい

 

「あいさつを かねて買い出し 暮れる年」

 

・この添削後の句なら、後の五文字をほかの季語にできてより思いを作りやすい。

 

僕の感想↓

テキストの模範に出していい俳句。

「作れそうで作れない上手い俳句」ってやつ。

季語を選ぶセンスを問えるし。地味に暑中見舞い等のあいさつ系統の季語で遊べそう。

「あいさつをかねて買い出し」という行動には馴染みの店と主人公に深い繋がりを感じる。

また宜しくね、良いお年を。こちらこそよろしく、良いお年を。という会話が聞こえてくるようだ。

 

圓楽さんの特待生審査の俳句

「塩鮭の 喋るが如き 売り子かな」

僕の感想↓

如きの是非がポイントになってました。直喩(ーのような)は難しい。塩鮭の如き〜にしないところに「あらこの人俳句上手い勢だ」てのがわかる。

売り子の顔が塩鮭みたいな顔かも、そんな顔がしゃがれ声かも、その人の売るものが塩鮭なのかも。売るモノを限定しないことで、想像が広がる。季語のチョイスも良い。

さすが圓楽の名を冠する噺家だけあって、人を詠む俳句が上手い!職業と作る俳句の傾向は調べてみると面白いかもしれない。

しっかし、添削なしで俳句が通るのはほんとに嬉しいもんだよなぁ…。高校時代、師匠にチェックしてもらったら、「このままでこの賞取れる!」と言われた時は上達を感じて嬉しかった。

 

まとめたさ

個人的にかまいたちの山内さんの作った句の気持ちがよくわかる。

俳句はやったことがないと形式にあてはめて、聞いたことあるorよく使う言葉で俳句

 を作ってしまうもの。

語順、音の響き、映像(僕はよく景と言います)にはなかなか気が回らない。

ただ語順を意識するだけでも、ありふれた句が進化を遂げることはよくあるもの。

 

実際、今回の俳句も先生のポイントの通り、語順を意識するだけで質の上がる句が多かった。

論文やエッセイなど文の世界で順序は重要。17音の世界ならことさらなんでしょうね。日頃の会話とかでも意識してみるかなぁ。

はい終わり

 

 ※12月21日22時37分、文中に日本語がおかしい部分があったので修正しました。