語ラーゼ

愛知の20代男がなんか語っとる・・・

ぼくだって・インスタ映えが・したいのに

したいのに。

ご飯屋さんで目の前に料理が出され、たまらず1口目を頬張り二口三口。

途中で頭に?が浮かぶ。

「なんかやるんだったような」

そう、料理を撮ること。

インスタ…いやさInstagramのために料理を撮るのを忘れていた。いつも忘れる。

今回だって、ちょっと変わった料理をスマホカメラに写そうと思ったから見目麗しい料理をチョイスしたのだ。

(トッピングたっぷりの味噌ラーメンに花火が立っている姿)

なのになんだ。

目の前に料理が出れば、もう虜だ。

「おっきたきた。いただきま〜すぁ」

なんとかかんとか言いながら箸をつかみ、レンゲを持ち、食。

「んむ、んまい」

すぐ笑顔だ。
食は身も心も清らかにしてくれる。うまい。
聞こえよがしに、まぁまぁの声量で。うまい。

対面に座る友人に、うまさの詳細を伝える。
友人も「うまい」と舌鼓を打つ。
うまい空間が出来上がる。

ビールも進む。つまみのピリ辛キュウリも辛めで超グッド。
「うまい」
すべてがうまい。

そんなこんなで「あ」と思い出す。
Instagram。こいつを忘れていた。
しかし、食べかけのラーメン、飲みかけのビール。
うん、これではネットの海には流せない。
ならばこそ、「うまい」を味わいきってその感想を
言って回ろう、友人知人、未来に会う人々らに。

この繰り返しだ。
目的が根源的な欲求にすり替わる。
撮る<食う。
撮るより食う。

見るより触れることが尊いのだ。ふれあい動物園だ。
ただインスタ、いやさInstagramにアカウントを作ってしまった以上は、
なにか「っぽい」ことはしたい。

だが、忘却。

差し出されたお膳に目がない。
食って欲求が満たされ始めたとき、
パワーバランスが変わる。
撮る>食う
食うより撮る。

撮ることはもうできない。
不可逆。食撮の不可逆性。

ならばしかたがない。
食べ終わり、会計が終わると
また、来ようぜと友人に伝える。


果たして、
この来店動機は、食なのか撮なのか。
はいおわり

食キング 1