続編です。
以下の記事を読むと2度おいしいはずです。
はず。
・本編
料理が来たら写真を撮る。
そのことを忘れる習慣から、約二か月を経ていくばくかの成長が見られた。
そう、写真”は”撮るようになったのだ。
しかし、投稿することを忘れてしまう。
いや、正確にいうならば面倒くさがって”忘れた”ことにしている。
というべきか。
いかんせん、食後の満足感や談笑により優先順位は落ちる。
後日カメラロールから画像を見かけてまぁ挙げなくてもいいかと思い、
結局はクラウド…iCloudの肥やしとなる。
これのリピートである。
しかしてこのリピートにはときたまノイズが挟まる。
1、2か月前だとかの料理画像を挙げてしまうのだ。
無論、これは防犯意識などセキュリティとしてのものではない。
ただ無意識。
挙げなきゃと思いつつ挙げていない現状を打破するオートメーションme。
習慣にしては規則性がない。
一方でスマホをいじる習慣から枝分かれし、
このオートメーションは作動する仕組みであることを、
私は看破したのだ。
自身を看破する特異な経験を味わった私は、
自身がいかにものを考えない、
体感で生きているその場その場ニンゲンだということを
嫌悪し、その対価として幾ばくかの”いいね”を得た。
この”いいね”が私をプラスにするわけではない。
こんなものよりもウロウロしてるときになぜかもらった
いつかの大根やらあったかいコーヒーの方が遥かに喜びなのだ。
いくら映えるものを撮ったとて、そのいいねは数字で測れるもの。
けだし、定量的なものであるがゆえ単純。しかして複雑性皆無。
単純化されたものに面白みはない。しかしラクチン。
でもまぁ、うれしいね。
なにかしら感情のフックに引っかかったわけだし。
と、いうことでそれを裏切りたく思い、
料理に対して接近して撮ることで、がっかり感を演出している。
その結果、フォロワーの方からいただくいいねの数を半分にすることに成功。
求められていないことをするとしっかりと反映される世の中に、乾杯。
俳句版ウマル・ハイヤーム
— かたらぜ (@bigant1200s) 2019年1月25日
頬緩む温め酒の魔力かな
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